書評:川島浩平「人種とスポーツ」中公新書


「黒人は生まれつき身体能力が”優れていない”」
こう聞いてあなたはどう思うだろうか?多くの人は面くらい反論するだろう、「いいや、黒人は生まれつき身体能力に優れている」と。
しかし上記の考えは欧米では長らく支配的な考えだったのである。
著者は言う「当時(評者注 :19世紀中葉から20世紀初頭)流通した黒人の身体に対する否定的言説は枚挙にいとまがない。」
しかし現代に目を向けてみると状況は正反対である。
本書内で次のような統計が引用されている。
1991年12月のUSAトゥデイのアンケート調査で回答者の半数が「黒人は生まれつき優れた身体的な能力を有している」と答えた。
公民権運動など黒人の差別と権利回復を経験し、差別感情に敏感なアメリカですらこのような状況である。
ではなぜこのように人々はこう考えるようになったのか、著者は2つの立場から検討する。
一つは「ステレオタイプや生得説は歴史的に形成されてきた」、もう一つは「『黒人』とみなされた人々を運動競技種目で優位に立たせる環境的な要因にも注目しなければならない」
著者はこれについていくつかの回答を本書で示している。その一つにマラソンの例がある。
一般的にマラソンは”黒人”であるエチオピア人とケニア人が強いとされているが、実は有力なランナーを生んでいるのはエチオピアでもケニアでも高地のごく一部の地域に限られているのだ。
これは2012年7月放送のNHKスペシャルでも科学的に検討されている。
「黒人は生まれつき身体能力が優れているのか?」という疑問に当然ながら本書で完全な回答がなされている訳ではない。恐らく本当の意味での科学的解決を得るのはまだ長い歳月が必要であろう。
しかし現状において最も深刻な問題はこうした問題が科学的に解決されないことより我々がステレオタイプ的な言説を安易に受け止めてしまうことであろう。本書はそういう事への戒めの本であると思う。



川島浩平「人種とスポーツ」中公新書